2013年03月11日
震災2年の言い訳
寒の戻りとでも言うのでしょうか、昨日に比べるとずっと冷え込みました。
東日本大震災からまる2年。
TV、雑誌などで見聞きすることはあっても、僕の生活圏からは
およそ遠い世界であることには今も変わりません。
この間僕は何をしたのかと問えば、ボランティアめいたことひとつせず
たまにコンビニの募金箱にお釣りを入れるくらいで済ませてきました。
贖罪の思いはあります。
何もしようとしなかったことへの。
しかしそれは同じ日本人としての居たたまれない気分以上のものではありません。
これでいいのだろうかとは思うにしても。
福島県双葉町に住んでいた学生時代の友人がいます。
8年前に逢って以来も年賀状のやり取りだけの関係で過ぎてきました。
震災直後に電話で安否は確認したものの。
しかし、何一つ励ましめいたこともせぬまま時が過ぎています。
友人夫婦はいまも避難生活をしているようです。
身内の日々雑多には一喜一憂しつつ日々を追いかけています。
今日のような特別な日には思いを馳せるにしても。
何一つ痛みを負っていない自分にはあまりに遠い日常なのです。
関わらない自分への言い訳。
東日本大震災からまる2年。
TV、雑誌などで見聞きすることはあっても、僕の生活圏からは
およそ遠い世界であることには今も変わりません。
この間僕は何をしたのかと問えば、ボランティアめいたことひとつせず
たまにコンビニの募金箱にお釣りを入れるくらいで済ませてきました。
贖罪の思いはあります。
何もしようとしなかったことへの。
しかしそれは同じ日本人としての居たたまれない気分以上のものではありません。
これでいいのだろうかとは思うにしても。
福島県双葉町に住んでいた学生時代の友人がいます。
8年前に逢って以来も年賀状のやり取りだけの関係で過ぎてきました。
震災直後に電話で安否は確認したものの。
しかし、何一つ励ましめいたこともせぬまま時が過ぎています。
友人夫婦はいまも避難生活をしているようです。
身内の日々雑多には一喜一憂しつつ日々を追いかけています。
今日のような特別な日には思いを馳せるにしても。
何一つ痛みを負っていない自分にはあまりに遠い日常なのです。
関わらない自分への言い訳。
Posted by 風街ろまん at 19:16│Comments(0)