2010年07月13日
雨に叫べば

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昨夜、雨音を聞きながら床に就き、今朝、雨音を聞きながら目覚め。
テンションが起き抜けから3つばかり下がってしまいます。
こういうときはスクァットを30回ばかりかまし、東の空に向かって、
「おー!」
っと雄叫び、吠えまくるといいんですが、流石に篠突く雨には勝てません。
朝一で荒尾のお客さま訪問。
オファーのあった、さる都市銀行さん向けの業況レポートをお届けし説明。
現業績は計画通りの推移なのですが、事業をそのまま固定化してしまうことに不安をもたれています。
正しい不安です。
時代は大きく変化し続けているのですから。
バブル崩壊以降、地方金融の現場は効率化とリスク回避で、地場の企業を育てることを忘れてしまいました。
企業の業績がいいときは不必要な資金まで貸付けて、企業の行く末を誤らせる。
顧客重視といいながら現場の目線はいつも組織の上の方を見ています。
まともにお客様の顔を見て話せないヒラメ行員ばかりが増えました。
彼らの免罪符は、いつも業況が悪くなった顧客に向かって彼らが言う 『自己責任』 というレッテル。
“銀行は悪くありませんよ”と言っている。
兎角、反省がないから成長もない訳で・・・・。
とてもプロの仕業と思えません。
さて、今回の選挙にかかることですが、『民意』と『メディア』についての作家の冷泉彰彦氏の論評がありましたのでご紹介します。
『今回の日本の参議院選挙は、私にはものすごく重要な選挙だと思えるのですが、その割には表面的な盛り上がりは低調で、これでは結果が出ても民意がどこにあるのかの見極めが難しくなる懸念があります。一つの問題は、クルクルと変化する世論の「空気」について、その底にある民意についてのしっかりした論評が見られないことと、そもそも「事件」とそれを受けての「空気=民意」の変化、そしてその結果としての世論調査や情勢分析などに「オールドメディア特有のタイムラグ」がある点です。
例えば、消費税論議に関しては選挙前から政権の立場は出ていたわけで、別に選挙戦の終盤になって増税論が出たわけではないのです。ですから、世論がどの時点でどうネガティブに振れたのかは、もっと詳しく早く報道しないと、例えば投票の二日前になって突然「与党不利」という「調査結果」が何故か「一斉に」報じられても本当の世論のホンネは分からないわけで、結果が出てもその「民意」をどう受け止めるかが曖昧になってしまうと思うのです。
とにかく、日本の場合は「増税と高給付、減税と低給付のどちらを有権者は選択するのか?」「財政の再建は、成長追及と歳出抑制、増税の三要素をどう組み合わせて実現すべきなのか?」という国家破綻を回避するための大きな選択から逃げられないわけで、世論はそのことは十分に分かっていると思います。表面的には、揺れ動く民意は「気分」であるとか「空気」のようにしか見えません。そのために、古典的なジャーナリズムには「気分で動く有権者」を「見下したような」姿勢が目立ちますが、これは違うと思います。
揺れ動く「雰囲気」の背後にある真剣な危機感、選択の幅とその大きな違い、そうした民意の核に対する尊重の思い、恐らくはそれをつかんだ政党が勝利するのかもしれませんが、仮にそうであっても、その結果を正しく社会が認知するためにも、メディアの側にも世論への誠実な「リスペクト」が必要だと思うのです。』
「選挙と民意~アメリカから参院選を遠望する」冷泉彰彦
今回の選挙で特に僕が感じていたジャーナリズムへの違和感。
その正体の一部を代弁していただいたように思います。
メディアはふた言目には
「国民は不満に思っている・・・・」
「国民は云々・・・・」
と、さも自らが民意の代弁者のように、そのくせ上から目線でもの言いますが、彼らは、選挙の結果は気になっても『民意』そのものについて深く知ろうとせず、『風』が吹く、吹かないのレベルでしか捕らえていません。
未だに大本営発表だけが頼りであった戦時報道下となにも変わっていないのです。



Posted by 風街ろまん at 18:17│Comments(0)