2010年05月19日
龍馬伝ネタ
勝海舟(武田鉄矢)の台詞
「まあつまりはよ、物事ってのはよ、こっちから見るのとこっちから見るのじゃまるで違ったもんになっちまうってことさ」
横井小楠(山崎一)の台詞
「時代が変われば、人の考えも物の値打ちも当然変わる。今まで値打ちのあったもんが、古びて用無しになっただけ。」
先日のNHK大河ドラマ『龍馬伝』第20話の中の台詞です。
この台詞、改めて「なあるほど!」というようなものでもなく、今の時代では極めてベタなセリフです。
ただ、当時の近世の世では儒教思想と鎖国政策のもとで、国中に均一の価値観が醸成されていたと思われます。
それで世の中が成り立っていたことを考えれば、それ以外の価値観の存在自体がたぶん「あり得ない」ことだったのでしょう。
特に支配階級であった侍の世界では。
朝廷と幕府の関係にしても、江戸以前の室町期から連綿と続いてきた関係でしたので誰も疑問を持たない、それを不思議と思わない。
いやいやそうではない、別の価値観が存在し、時代が変わればものの値打ちも変わるのだ、と考えた日本人は外界の現実に触れることができ、それがどのように変化をもたらすのかを想像ができた一握りの人たちだったのでしょうね。
大半の人にとっては
「明日は今日の延長であり決して今日と異なった日ではない。」
と信じ、
「異なった現実を持ち込むものは、それは災い以外の何ものでもないから排除しろ!」
となる。
体制そのものであった幕府は為政者として一番に『黒船』の脅威に接します。
『黒船』こそが外界の現実でした。
この現実に触れたことで、否応無しであれ方便であれ幕府はその先の世界を想像できる立場に立たされます。
古き価値を変えざるを得ない側となった。
一方変えられない人達はヘッドを幕府から朝廷に挿げ替え現実を遮断しようとする。
尊王攘夷派です。
最も旧弊にしがみ付くはずの体制側が変化を自覚し、体制に制約されてきた側が変化を拒絶する。
面白いですね、これが歴史のパラドックスです。
昨年のこと、ここらでいっちょう変えんといかんなの声で民主党政権ができました。
右往左往の8ヶ月です。
国民主権を標榜しながら国民主権とは一体なんだ、という現実に彼らは直面しています。
彼らが約束したマニュフェストは、あくまでこれまで出来上がったレジームの上にのみ通用するものだったのかも知れません。
財政であれ外交であれ。
果たして、彼らは国際社会の中で政治が果たす役割が想像以上に大きいという現実を理解できたのでしょうか。
国民を守るとはこの国の安全性を最優先に考え何処よりもこの国の利益を優先させることを外交の場で明確にすることでもあるかと思います。
どうも価値の(この際リーダーも)転換が必要なようです。
それだからといって旧政権がそれを意識していたかというとそれも疑問ですが。
今流行の『龍馬伝』ネタで、かあるく福山雅治をジャブろうかと思っていましたがとんでもない話になってしまいました。
反省シテマス。




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「まあつまりはよ、物事ってのはよ、こっちから見るのとこっちから見るのじゃまるで違ったもんになっちまうってことさ」
横井小楠(山崎一)の台詞
「時代が変われば、人の考えも物の値打ちも当然変わる。今まで値打ちのあったもんが、古びて用無しになっただけ。」
先日のNHK大河ドラマ『龍馬伝』第20話の中の台詞です。
この台詞、改めて「なあるほど!」というようなものでもなく、今の時代では極めてベタなセリフです。
ただ、当時の近世の世では儒教思想と鎖国政策のもとで、国中に均一の価値観が醸成されていたと思われます。
それで世の中が成り立っていたことを考えれば、それ以外の価値観の存在自体がたぶん「あり得ない」ことだったのでしょう。
特に支配階級であった侍の世界では。
朝廷と幕府の関係にしても、江戸以前の室町期から連綿と続いてきた関係でしたので誰も疑問を持たない、それを不思議と思わない。
いやいやそうではない、別の価値観が存在し、時代が変わればものの値打ちも変わるのだ、と考えた日本人は外界の現実に触れることができ、それがどのように変化をもたらすのかを想像ができた一握りの人たちだったのでしょうね。
大半の人にとっては
「明日は今日の延長であり決して今日と異なった日ではない。」
と信じ、
「異なった現実を持ち込むものは、それは災い以外の何ものでもないから排除しろ!」
となる。
体制そのものであった幕府は為政者として一番に『黒船』の脅威に接します。
『黒船』こそが外界の現実でした。
この現実に触れたことで、否応無しであれ方便であれ幕府はその先の世界を想像できる立場に立たされます。
古き価値を変えざるを得ない側となった。
一方変えられない人達はヘッドを幕府から朝廷に挿げ替え現実を遮断しようとする。
尊王攘夷派です。
最も旧弊にしがみ付くはずの体制側が変化を自覚し、体制に制約されてきた側が変化を拒絶する。
面白いですね、これが歴史のパラドックスです。
昨年のこと、ここらでいっちょう変えんといかんなの声で民主党政権ができました。
右往左往の8ヶ月です。
国民主権を標榜しながら国民主権とは一体なんだ、という現実に彼らは直面しています。
彼らが約束したマニュフェストは、あくまでこれまで出来上がったレジームの上にのみ通用するものだったのかも知れません。
財政であれ外交であれ。
果たして、彼らは国際社会の中で政治が果たす役割が想像以上に大きいという現実を理解できたのでしょうか。
国民を守るとはこの国の安全性を最優先に考え何処よりもこの国の利益を優先させることを外交の場で明確にすることでもあるかと思います。
どうも価値の(この際リーダーも)転換が必要なようです。
それだからといって旧政権がそれを意識していたかというとそれも疑問ですが。
今流行の『龍馬伝』ネタで、かあるく福山雅治をジャブろうかと思っていましたがとんでもない話になってしまいました。
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Posted by 風街ろまん at 21:03│Comments(0)