2010年01月08日

蛍の光とゾケサ君

昨日読んだニューヨーク在住の日本人、肥和野佳子さんのレポートにこういう文章がありました。

蛍の光とゾケサ君それは、年末恒例のNHK紅白歌合戦のラストを飾る「蛍の光」の大合唱のくだりからの話なのですが、

『・・・・・「蛍の光」の歌詞にでてくる、「いつしかとしも すぎのとお あけてぞけさはわかれゆく」のところを、アメリカで育った子供たちの何人かは「杉の戸を開けて、ゾケサという名前の人が去って行った」のだと思っていたのだそうだ。たしかに、日本では「ゾケサ」なんて名前の人はいないということは子供でもなんとなくわかるけれど、米国ではどんな名前もありうるから、そう思っても無理もない。・・・・・・』

ちょっと可笑しくて僕も笑ってしまったのですが、考えてみれば何気なく歌っている歌の歌詞の意味なんて普段あまり考えません。
笑ったものの僕自身もちゃんと理解しているんだろうかとつい真顔。

この詞の前の部分はご存知のとおりです。

蛍の光、窓の雪
書読む月日重ねつつ


中国の故事「蛍雪の功」から引用されたもので、燈油を買うお金もない貧しい暮らしの中で、苦労しながらひたすら学問に励んできた日々をふり返る場面です。
それに続くのが件の一節。

いつしか年もすぎのとを
あけてぞ今朝は別れ行く


伝えんとする意味はこんなものでしょうか。
「いつのまにか年月が経ってしまったが、苦労して勉強した日々がようやく報われて終わり、いよいよ今日は新しい世界に向けて旅立つことになった。」

「すぎのと」とは恐らく「過ぎ去って」と言うことなんだろうけどなんで「すぎのと」なんだろう。
哀しいかな浅学菲才の身で確証がない。
それで調べてみました。
「すぎのと」は和歌の世界で使われる掛詞になっていて「歳も過ぎていよいよ夜が明けた」と「杉の戸を開けて出て行く」の二つの意味を掛けて現すようになっています。
ふんふん。
それから「杉の戸」とは、板戸の家のことでそのような貧しい生家での暮らしを現し、最初の蛍雪の功につながるようになっています。
ほお~っ。
やっぱり「ゾケサ」さんが去って行ったんじゃなかったんだね。

日本のことばは奥が深いですね。
短い文章で沢山の背景描写をしています。
しみじみと日本文化の奥行というものを感じます。

さて、昔から卒業式といえばこの「蛍の光」に加えて「仰げば尊し」が定番でした。
もっとも90年代頃からこの2枚看板も現代的な別れの歌に代わってきているようです。
古文調の詞の難解さもさることながら、詞の背景にある教師との関わりや「立身出世」を望む社会風潮そのものの価値観の変化が「多様性」の一言で否定される社会になってきたからでしょうか。

僕自身も中学校の卒業式で歌わされた「仰げば尊し」の
“あおげばとうとし わがしのおん”
には何処か抵抗がありました。
当時、周りはサラリーマンみたいな教師ばかりで、不幸にも『尊し師』との出逢いがなかったからですが。
しかし師弟関係はいまや学校社会より寧ろ会社などの実社会の中で生き続けているようですし、「立身出世」の大望も逆に今の時代にこそ必要なものではないかと思えるのです。

“身を立て 名をあげ やよ励めよ”
いいじゃないですか。
中国も韓国も今や「立身出世」こそが国の政治経済を動かすエネルギーになっている。
日本の若い人こそそうあってほしいですね。

それから括りの詞
“今こそ別れめ いざさらば”
大好きです。
潔くって清々しい。


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Posted by 風街ろまん at 19:08│Comments(0)
 
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