2009年10月22日

加藤和彦 追悼

加藤和彦 追悼10月17日、加藤和彦が静かにこの世を去りました。
享年62才。
戦後第一世代・・・・いわゆる団塊の世代です。

彼と同世代の吉田拓郎は19日

「『日本の若者のポップシーン』を作るさきがけとなったのはフォーククルセイダースであり、加藤和彦に間違いない」

とのメッセージを寄せています。

彼は60年代、70年代、80年代の狂騒のなかにもいつもクールに生きていたという印象があります。
団塊の世代には珍しく。

今の世の中には本当に音楽が必要なのだろうか。
『死にたい』というより『生きていたくない』。
消えたい


彼の遺書にはこう書かれていたそうです。

若い頃の彼は、めいっぱい生きているというより、周りの景色も含めて楽しんでいる自分を可笑しそうに眺めているという風情がありました。

彼の遺書の中味はその延長のような気がします。

彼の存在は僕の中では、それ程大きい比重を占めていたということではありません。
しかし、何故今日彼のことを書く気になったかというと、彼はフォーククルセイダースから今日まで、僕のなかのずっと気になるアーティストであり続けたということでしょうか。

加藤和彦 追悼『悲しくてやりきれない』という作品があります。
サトウハチローの詞に彼がメロディーをつけた作品です。
マイナーだけどウェットではない、緩やかで乾いたメロディー。

彼のダンディズム、クールな風貌とこのメロディーには乖離を感じています。

昔僕は、年を経れば経るほど人間は「生きる」ことに執着するのかと思っていましたが、この頃のこと「いつ死んでもいい」という覚悟は意外と簡単なんだと思えるようになりました。
時折、こう思うんです
「ああ、このシーンで突然死が訪れたら、それはそれでいいかもな。」

やりたいことは現実にあって、やりたいことが残っていないというんではないんですね。
仕事はやりかけだし、生まれてくる娘の子供ってのも見てみたいし、息子の大学入学くらいは祝ってあげたいし、何より家内には何もしてやっていない・・・・・。

彼の遺書は
『生きていたくない。』
ってことで僕の現状とは全くかけ離れているんですが、共感できます。
『世の中に音楽は必要か。』
音楽は文化の担い手として時代とともに形を変えながらもこれからもっと社会に必要な存在になるはずです。

時代としての彼の役割には終止符が打たれたけど。
彼の歌よ、永遠なれ。

プレ団塊世代からの追悼です。


大成経営コンサルティンググループ
(株)船井財産コンサルタンツ 
九州相続相談センター  
お問合せ:fzc-m@taiseikeiei.co.jp




Posted by 風街ろまん at 18:39│Comments(0)
 
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