2009年04月13日
仕事ってなあに
家内の友人の話です。
家内の友人のお嬢さんがこの春地元の大学を卒業し、調剤薬局の事務員として就職しました。
つい先ごろまで、自宅から自転車で通える会社で良いところに就職が決まったと喜んでいたのですが。
ところが
・ 土曜日も出らないかん。
・ 10時からなので10時に間に合うように行ったら、覚えなんことが多いので9時には来るように言われた。
それだけのことだそうですが仕事を辞めたいと言っているらしい。
“なあんば言いいよっとかい”レベルの話なんですがね。
それで母親である友人は子供にどう言い聞かせたのか尋ねると、
「そがん嫌なら辞めるたい。」
と言ったそうです。
ああ、過保護極まれり。
今更、ベタな教育論を振りかざすつもりはありませんが、このお母さんはお嬢さんの仕事を腰掛け程度にしか考えていないのかな。
そのうち、いいお相手がいたら結婚するんだし。
みたいな・・・・。
ひょっとして女だからなんて思いがあるんだったら仕事への冒涜甚だしい。
その母親である友人も仕事をしています。
聞き及ぶところによるとどうやらその友人の日頃の仕事とのかかわりもその程度のようです。
そうやって将来結婚してからごちゃごちゃしたらまた言うんだろうな、
「そがん嫌なら別れるたい。」
彼女のお父さんは上場企業に勤めていますが、この3月まで長いこと北海道で単身赴任生活を続けていて、この4月からやっと福岡に転勤になりました。
これまでは母娘の気ままな二人暮らしだったそうで、きっと分からないんでしょうね、
辞令1本で遠く離れたところでひとり暮らしを強いられる父親の仕事の厳しさというものが。
そこから得られる糧で気ままに暮らしていられることの現実が。
ここが南の島で、自分の周りにはバナナでもタロ芋でも手を伸ばせば食べ物がいつでも実っているのであればそれも可でしょうが、少なくとも日本では働かないで生きていくには誰かの庇護が必要です。
親の身で、子を庇護すること自体が喜びであるのならもう他に言うべき言葉もないのですが、それは永遠の子供と言うペットを飼っているのと同じことです。
親の傲慢というほかはありません。
本人について言えば、自分の仕事観について、どう考えるも自由ですが、きちんと向かい合って話すことすらしないで自分の立場を云々し無責任に逃げ込むのは少なくとも大人のすることではない。
自分の世界をただ狭めているだけであることを自覚しなければならないし、それにもまして拘り合う側の社会は大いに迷惑です。
家内の友人のお嬢さんがこの春地元の大学を卒業し、調剤薬局の事務員として就職しました。
つい先ごろまで、自宅から自転車で通える会社で良いところに就職が決まったと喜んでいたのですが。
ところが
・ 土曜日も出らないかん。
・ 10時からなので10時に間に合うように行ったら、覚えなんことが多いので9時には来るように言われた。
それだけのことだそうですが仕事を辞めたいと言っているらしい。
“なあんば言いいよっとかい”レベルの話なんですがね。
それで母親である友人は子供にどう言い聞かせたのか尋ねると、
「そがん嫌なら辞めるたい。」
と言ったそうです。
ああ、過保護極まれり。
今更、ベタな教育論を振りかざすつもりはありませんが、このお母さんはお嬢さんの仕事を腰掛け程度にしか考えていないのかな。
そのうち、いいお相手がいたら結婚するんだし。
みたいな・・・・。
ひょっとして女だからなんて思いがあるんだったら仕事への冒涜甚だしい。
その母親である友人も仕事をしています。
聞き及ぶところによるとどうやらその友人の日頃の仕事とのかかわりもその程度のようです。
そうやって将来結婚してからごちゃごちゃしたらまた言うんだろうな、
「そがん嫌なら別れるたい。」
彼女のお父さんは上場企業に勤めていますが、この3月まで長いこと北海道で単身赴任生活を続けていて、この4月からやっと福岡に転勤になりました。
これまでは母娘の気ままな二人暮らしだったそうで、きっと分からないんでしょうね、
辞令1本で遠く離れたところでひとり暮らしを強いられる父親の仕事の厳しさというものが。
そこから得られる糧で気ままに暮らしていられることの現実が。
ここが南の島で、自分の周りにはバナナでもタロ芋でも手を伸ばせば食べ物がいつでも実っているのであればそれも可でしょうが、少なくとも日本では働かないで生きていくには誰かの庇護が必要です。
親の身で、子を庇護すること自体が喜びであるのならもう他に言うべき言葉もないのですが、それは永遠の子供と言うペットを飼っているのと同じことです。
親の傲慢というほかはありません。
本人について言えば、自分の仕事観について、どう考えるも自由ですが、きちんと向かい合って話すことすらしないで自分の立場を云々し無責任に逃げ込むのは少なくとも大人のすることではない。
自分の世界をただ狭めているだけであることを自覚しなければならないし、それにもまして拘り合う側の社会は大いに迷惑です。
Posted by 風街ろまん at 19:36│Comments(0)