2009年06月25日
命をつなぐ
今週の22日、僕の仕事のパートナーであるOkachanに待望の男子が誕生しました。
ずっと子供ができなかっただけに奥さん共々喜びもひとしおのようです。
つい我が家の第1子の誕生のときを思い出しました。
先般嫁にいった娘ですが。
無事にそこまで育ったなかにも、病気じゃ学校じゃ友達じゃ受験じゃ就職じゃ結婚じゃと、すったもんだの繰り返しでした。
先日の日曜日、父の日だったそうで娘のところから何やら送られてきました。
開けてみると『紀州南高梅の梅干』。
普通はネクタイとか財布とかが相場でしょうが変わり者の娘らしい仕業で、有難く押戴きました。
我が子の今はこの際どうでもいいのですが、子供が生まれたときの男親の心境は何とも言いがたいものでした。
「元気に育ってくれよ」と素直にそう思う。
先週の『プロフェッショナル~仕事の流儀~』では、水中カメラマンの中村征夫氏が、汚れた東京湾でも命をつなぐことに総てをかける生き物たちからもらった感動のショットのいくつかが披露されていました。
『命をつなぐ』
いい言葉ですね。
Okachanの第1子誕生でふっと思い出したことがあります。
何年か前読んだ雑誌か何かのインタビュー記事で、投信会社を経営する渋沢健さん(渋沢栄一の5代目の方です)の話し言葉の一節があります。
思わず唸ってしまったメッセージでしたので書き留めておいたものです。
「生命とは矛盾だらけのもので、その最も大きな矛盾は、
生命が生まれてきた瞬間に死ぬことが決まっていると言うことです。」
なんともあっけない言葉ですが真実です。
出生のときに死の話とは不謹慎と窘められるかも知れませんが、死があるからこそ生きることが有難い。
生きていることだけで有難い。
それが生きる喜びの原点のように思います。
Okachan、おめでとう。
大成経営コンサルティンググループ
(株)船井財産コンサルタンツ
相続・申告のご相談は九州相続相談センター
お問合せ:fzc-m@taiseikeiei.co.jp
ずっと子供ができなかっただけに奥さん共々喜びもひとしおのようです。
つい我が家の第1子の誕生のときを思い出しました。
先般嫁にいった娘ですが。
無事にそこまで育ったなかにも、病気じゃ学校じゃ友達じゃ受験じゃ就職じゃ結婚じゃと、すったもんだの繰り返しでした。
先日の日曜日、父の日だったそうで娘のところから何やら送られてきました。
開けてみると『紀州南高梅の梅干』。
普通はネクタイとか財布とかが相場でしょうが変わり者の娘らしい仕業で、有難く押戴きました。
我が子の今はこの際どうでもいいのですが、子供が生まれたときの男親の心境は何とも言いがたいものでした。
「元気に育ってくれよ」と素直にそう思う。
先週の『プロフェッショナル~仕事の流儀~』では、水中カメラマンの中村征夫氏が、汚れた東京湾でも命をつなぐことに総てをかける生き物たちからもらった感動のショットのいくつかが披露されていました。『命をつなぐ』
いい言葉ですね。
Okachanの第1子誕生でふっと思い出したことがあります。
何年か前読んだ雑誌か何かのインタビュー記事で、投信会社を経営する渋沢健さん(渋沢栄一の5代目の方です)の話し言葉の一節があります。
思わず唸ってしまったメッセージでしたので書き留めておいたものです。
「生命とは矛盾だらけのもので、その最も大きな矛盾は、
生命が生まれてきた瞬間に死ぬことが決まっていると言うことです。」
なんともあっけない言葉ですが真実です。
出生のときに死の話とは不謹慎と窘められるかも知れませんが、死があるからこそ生きることが有難い。
生きていることだけで有難い。
それが生きる喜びの原点のように思います。
Okachan、おめでとう。
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2009年06月24日
多角化経営の罠
こういった仕事をやっていると、経営を制するファクターとはいったい何だろうと思わずにいられません。
確実にそれがあれば、多角経営だろうと多店舗展開だろうと10戦10勝の筈です。
しかしその殆どがうまくいっていない。
そういう会社を見てみると、本業のところで、どう見ても眼下のひとつひとつを仕上げきっていない。
どこかに眼下の問題からの逃げがあり、それが多角化や多店舗経営に走らせているように見えてなりません。
目の前の問題に取り組まない経営は人を育てられない筈です。
問題をしっかり受け止めて困難だけど解決していく。
その過程で人は育ち、組織が機能し、会社が生き返ると思うのです。
それが本当の事業の拡大です。
そうでない経営者は、どこかに景気であったり国や自治体の対応のまずさであったり幹部社員の能力のなさであったりを論って口を拭ってしまう経営姿勢というものが垣間見えます。
今の仕事のこの問題は自分の所為ではないので、きっとこの業種や店舗や幹部社員の所為だと決めてかかる。
そうやって問題は置き去りにしたまま新しい仕事をこさえてみることになるようです。
その程度の仕事しかさせてもらっていない社員をそのまま新しい業種や新しい店舗といった環境に置いても、うまくいく筈がないじゃないですか。
失敗は最初から分かりきったことなのです。
始めるときにあったのは宝くじを買った時、根拠もなく抱いてしまう幻想と同じ程度のものなのです。
スーパーに野菜テナントを6店経営していた会社がありました。
テナント商売ですので、店の売上の良し悪しは入居するスーパーの集客力に左右されます。
これはある意味仕方がないことです。
地域一番のスーパーであれば多少野菜屋の商売のまずさがあってもそれなりの集客力がこの店の売上を助けてくれる訳ですから。
逆もまた真なり。
経営がうまく行かないのは競合スーパーが近くにできて入居するスーパーの客足が振るわなくなったからだ。
家賃が高い所為だ。
不景気で街が寂れてきている所為だ。
といいながら経営者は考えた。
自分でスーパーをやればいいんじゃないか、と。
そうすれば入居先のテナントの浮沈に関わらず商売ができる、と。
所詮野菜販売以外は素人でノウハウもないので、経営者は地場大手のスーパーの店長経験者を引っ張ってきて店作りをさせました。
ここまでは経験者を使うと言うことでそう大きな間違いはない。
ところがこの元店長、昔のマニュアルに従ったのかどうか判りませんが、わずか60坪の店で野菜、鮮魚、生肉、日配品等のほかに惣菜まで始めてしまった。
当然設備も各々の冷蔵庫であったり棚であったり調理具であったり、60百万円も掛かりました。
しかし結果は、まさに『何でもあるは何にもない』のとおり消費者からは何処にでもある何の特徴もない食品スーパーの小型版としか評価されず、全く流行らない店で終わりました。
毎月140万円のリース負債だけを残して。
社長はなんと言ったか。
「だけん、言うとったのに・・・・。」
なんじゃそりゃ。
少なくとも野菜屋であれば野菜に徹するべきだったと素人目にも判ります。
設備なんて平台だけでよかった。
野菜果物の鮮度と種類と価格と併せ産直品をメインに持っていけばある程度の支持はとれたのではと思うのです。
本業が何ひとつ生かされていない。
あんたは何屋か、誇りはあるのかといいました。
大成経営コンサルティンググループ
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確実にそれがあれば、多角経営だろうと多店舗展開だろうと10戦10勝の筈です。
しかしその殆どがうまくいっていない。
そういう会社を見てみると、本業のところで、どう見ても眼下のひとつひとつを仕上げきっていない。
どこかに眼下の問題からの逃げがあり、それが多角化や多店舗経営に走らせているように見えてなりません。
目の前の問題に取り組まない経営は人を育てられない筈です。
問題をしっかり受け止めて困難だけど解決していく。
その過程で人は育ち、組織が機能し、会社が生き返ると思うのです。
それが本当の事業の拡大です。
そうでない経営者は、どこかに景気であったり国や自治体の対応のまずさであったり幹部社員の能力のなさであったりを論って口を拭ってしまう経営姿勢というものが垣間見えます。
今の仕事のこの問題は自分の所為ではないので、きっとこの業種や店舗や幹部社員の所為だと決めてかかる。
そうやって問題は置き去りにしたまま新しい仕事をこさえてみることになるようです。
その程度の仕事しかさせてもらっていない社員をそのまま新しい業種や新しい店舗といった環境に置いても、うまくいく筈がないじゃないですか。
失敗は最初から分かりきったことなのです。
始めるときにあったのは宝くじを買った時、根拠もなく抱いてしまう幻想と同じ程度のものなのです。
スーパーに野菜テナントを6店経営していた会社がありました。
テナント商売ですので、店の売上の良し悪しは入居するスーパーの集客力に左右されます。
これはある意味仕方がないことです。
地域一番のスーパーであれば多少野菜屋の商売のまずさがあってもそれなりの集客力がこの店の売上を助けてくれる訳ですから。
逆もまた真なり。
経営がうまく行かないのは競合スーパーが近くにできて入居するスーパーの客足が振るわなくなったからだ。
家賃が高い所為だ。
不景気で街が寂れてきている所為だ。
といいながら経営者は考えた。
自分でスーパーをやればいいんじゃないか、と。
そうすれば入居先のテナントの浮沈に関わらず商売ができる、と。
所詮野菜販売以外は素人でノウハウもないので、経営者は地場大手のスーパーの店長経験者を引っ張ってきて店作りをさせました。
ここまでは経験者を使うと言うことでそう大きな間違いはない。
ところがこの元店長、昔のマニュアルに従ったのかどうか判りませんが、わずか60坪の店で野菜、鮮魚、生肉、日配品等のほかに惣菜まで始めてしまった。
当然設備も各々の冷蔵庫であったり棚であったり調理具であったり、60百万円も掛かりました。
しかし結果は、まさに『何でもあるは何にもない』のとおり消費者からは何処にでもある何の特徴もない食品スーパーの小型版としか評価されず、全く流行らない店で終わりました。
毎月140万円のリース負債だけを残して。
社長はなんと言ったか。
「だけん、言うとったのに・・・・。」
なんじゃそりゃ。
少なくとも野菜屋であれば野菜に徹するべきだったと素人目にも判ります。
設備なんて平台だけでよかった。
野菜果物の鮮度と種類と価格と併せ産直品をメインに持っていけばある程度の支持はとれたのではと思うのです。
本業が何ひとつ生かされていない。
あんたは何屋か、誇りはあるのかといいました。
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2009年06月23日
交通安全協会費なるもの
先日、県の免許センターへ免許更新に参りました。昨年末の事故で10年間続いたゴールド免許がいよいよおしまいです。
まあそれはそれで身から出た錆、仕方がないんですが、帰ってから家内に
『まさか交通安全協会費、払ったんじゃあるまいね。』
と言われ、はっと気付きました。
そうだ、あれは任意だったんだ。
どおりで更新手数料が2,550円、講習料が1,700円(これも納得いきませんが)で合計4,250円、葉書に書いてあったのでその心積もりで4千何ぼと思っていたのに・・・・・。
1万円出してお釣りに5千円札がなかったのでおかしいなと・・・・・。
そういえばお金を払うとき、可愛いさげなおねえさんが、
「交通安全協会費にご協力いただけますか・・・・ごにょごにょ・・・1,500円・・・」
なんだか愛想良く親しげに話しかけてたなあ。
僕の前に並んでた人もその前の人も隣の列の人も、誰ひとりそれは払いませんと言う声はなく、完全に油断しきっていたわけで・・・・・。
1,500円払ったことよりも、何に使われるか判らないものにお金を出してしまったことへの後悔が沸々と涌いてきました。
随分前でしたが日テレの報道特集か何かで財団法人全国交通安全協会の実態なるものが放送されていましたっけ。
そうそう、そのときは、『何たること!ゆるせぬ!自分は絶対払わんぞお!』と憤ったはずでしたが、何せ更新は5年に1度のこと、年をとると記憶は彼方へ飛んでしまっていた訳です。
口惜しさが消えず、交通安全協会費なるもので協会は一体いくら集めているのか計算してみました。
平成20年12月末の全国運転免許者の人口が80,447千人です。
全体の70%が協会費を払っているとすると、ひとり年間が500円ですので合計で282億円となります。
これが全国交通安全協会と下部組織の都道府県交通安全協会に上納されるわけです。
ひろおくみんなからかすめとって282億円か。
ある県の市民オンブズマンの報告ではその県の年間事業費のうち80%が役職員の人件費で実際の事業支出は20%に過ぎなかったとか。
まあ事業といっても要は交通安全の啓蒙とかでパンフレットやポスターを作ったり小学校などで交通安全教室を開いたり作文や標語を募集したり程度のこと。
とても交通安全に役立ちかつ必要不可欠の活動とは思えません。
本当に必要であれば国や自治体がやるべきこと。
小学校の交通安全教育も日頃から親や教師がやればいいことで協会員(実は警察OB)が出張っていくようなことじゃあない。
全国交通安全協会のHPでは年度ごとの収支報告が公開してありますが、事業支出の総額が記載されているだけで肝心なその内訳は公開されていません。
肝心な支出内訳を詳細に公開しろ!
と、安易にも3年分払ってしまった僕は叫びたい。
更にもの申せば、有無を言わさず請求された講習費。
優良運転者700円、一般運転者1,050円、違反運転者1,700円。
この差は一体何でしょう。
テキストは全員付いてきます。
あとは講習時間の差か。
優良運転者30分、一般運転者60分、違反運転者120分。
それで導き出した答えが
テキスト代+場所代とかの経費400円。
講師料が1時間600円。
一般、違反者に講習で見せるVTRの製作等費用がそれぞれ50円、100円。
ってとこでしょうか。
参加者が1回70名程度ですから2時間講習だと講師料は1回84,000円です。
さて皆さん県警の職員さんと思ってましたがどうやら交通安全協会の方々のようです。
要するに60歳で県警を退職したあと5年間勤められるところです。
道理で皆さん口調が柔らかだ。
さて更新のたびに毎回くれる(実は買っているのですが)テキストの出版元を見ると『全国交通安全協会』とありました。
ああ、協会さんは出版社もされていた訳ですね。
免許更新期間の平均期間が3.5年程度でしょうから運転免許者全員が3年半に1回必ず買う本、年間販売部数にすると2,298万部。
誰も読まない超ロングランの大ベストセラーです。
協会には給与退職金規定なるものがあります。
5年間勤めたとしたら、退職時の給与(役員は報酬)月額×年数(5年)×120%です。
月額500千円貰った人は5年勤めて3,000千円ですぞ。
勿論警察庁の地位の高い方々が天下って報酬月額が1,000千円の人は6,000千円。
警察をお辞めになるときに1回退職金を頂いた上にです。
ああ返す返すも口惜しい。
払った1,500円が警察OBの昼飯代や退職金に使われるかと思うと。
交通事故の遺児、遺族救済とかに使われるのであれば喜んで払うのですが。
窓口のおねえさんの甘い誘いに『ブッブウーッ!』と言ってやりたかった。
大成経営コンサルティンググループ
(株)船井財産コンサルタンツ
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2009年06月19日
多角経営の死角
殆どの中小企業は事業領域を広げることで9割方失敗しています。
事業領域拡大とはいわゆる多角化経営のことです。
中小企業が多角経営化に進むインセンティブの多くが本業不振のようです。
『本業が先細りだから他のことを何かやらないと不安だ。』
と殆どの社長さんが言われます。
だけどちょっと待った。
事業領域の拡大には垂直拡大と水平拡大があります。
垂直とは本業の川上或いは川下へ領域を拡大する事を言います。
メーカーが、作ったものを直接自分で販売する。
これが川下戦略。
小売店が商品を自社で生産する。
これが川上遡上戦略。
これらはどちらかと言えば戦略に基づく前向きな拡大理由になります。
作ったものを直接売れば付加価値が高まり多くの利益を手に入れられる。
直接売ることで消費者が何を求めているかが理解でき、消費者ニーズにあった商品設計をすることで製造の売上げを増やすことができる。
ユニクロももともとはメーカーの商品を仕入れて売っていましたが、もっと良いものを安く提供したいとのことから、自社商品を全量中国の企業に生産委託することになりました。
ワタミは居酒屋和民で出す食材のうち野菜を無農薬のもので提供する為、自社で農業を始めています。
メリットは沢山あります。
しかし、店舗の商品在庫だけでなく製品在庫を抱えてしまい資金繰りがきつくなる。
おまけに売れなければもっと悲惨。
メーカーだった会社は販売ノウハウがないため思うように売れない。 (ワタミファーム)
多角化とは本業の足を引っ張ってしまうリスクを抱えることです。
垂直に対して水平とは、
魚屋をやっているけど野菜も売ったら両方買う人が便利で儲かるんじゃないか。
居酒屋の調理技術を生かすため介護施設や病院の給食事業を始めた。
など自社の販売設備や製造技術を他のものの販売や製造に応用することを言います。
スーパーや百貨店は小売業の行き着くところです。
今、彼らは儲かっていますか?
戦略としては悪くありません。
しかし隣り合わせの仕事とは言え、その仕事には独特のノウハウや商習慣が存在する訳ですからそれをクリアするものがないとすんなりとは行きません。
何処にでも在るような野菜を漫然と並べただけでは逆に本業の魚が目立たなくなり売れなくなるということです。
特に大事なことは事業領域の拡大はしたたかな前向きの戦略の下になされなければならないと言うことです。
最初に言ったみたいに本業から逃げる為から出発した多角化は、もともと充分な資金も人材や技術の裏づけもなく始めることですから、素人が何もなく事業を開始するのと何等変わりません。
裸で火の中に飛び込むようなものです。
新規事業の資金は本業のキャッシュフローをかすめてくる訳ですから当然本業に無理が来ます。
本業の人材を新規事業に当てても所詮素人、人材を失い本業はもっと疎かになります。
他所から経験者を連れてきても経営陣が素人なので仕事のチェックができません。
折角作った新会社は貴方任せの金食い虫になるのがオチなのです。
何かやってると気休めにはなりますが余計なことを考えて夢見る時間こそ無駄です。
さて、典型的な失敗の事例はまた次に書いてみたいと思います。
事業領域拡大とはいわゆる多角化経営のことです。
中小企業が多角経営化に進むインセンティブの多くが本業不振のようです。
『本業が先細りだから他のことを何かやらないと不安だ。』
と殆どの社長さんが言われます。
だけどちょっと待った。
事業領域の拡大には垂直拡大と水平拡大があります。
垂直とは本業の川上或いは川下へ領域を拡大する事を言います。
メーカーが、作ったものを直接自分で販売する。
これが川下戦略。
小売店が商品を自社で生産する。
これが川上遡上戦略。
これらはどちらかと言えば戦略に基づく前向きな拡大理由になります。
作ったものを直接売れば付加価値が高まり多くの利益を手に入れられる。
直接売ることで消費者が何を求めているかが理解でき、消費者ニーズにあった商品設計をすることで製造の売上げを増やすことができる。
ユニクロももともとはメーカーの商品を仕入れて売っていましたが、もっと良いものを安く提供したいとのことから、自社商品を全量中国の企業に生産委託することになりました。
ワタミは居酒屋和民で出す食材のうち野菜を無農薬のもので提供する為、自社で農業を始めています。メリットは沢山あります。
しかし、店舗の商品在庫だけでなく製品在庫を抱えてしまい資金繰りがきつくなる。
おまけに売れなければもっと悲惨。
メーカーだった会社は販売ノウハウがないため思うように売れない。 (ワタミファーム)
多角化とは本業の足を引っ張ってしまうリスクを抱えることです。
垂直に対して水平とは、
魚屋をやっているけど野菜も売ったら両方買う人が便利で儲かるんじゃないか。
居酒屋の調理技術を生かすため介護施設や病院の給食事業を始めた。
など自社の販売設備や製造技術を他のものの販売や製造に応用することを言います。
スーパーや百貨店は小売業の行き着くところです。
今、彼らは儲かっていますか?
戦略としては悪くありません。
しかし隣り合わせの仕事とは言え、その仕事には独特のノウハウや商習慣が存在する訳ですからそれをクリアするものがないとすんなりとは行きません。
何処にでも在るような野菜を漫然と並べただけでは逆に本業の魚が目立たなくなり売れなくなるということです。
特に大事なことは事業領域の拡大はしたたかな前向きの戦略の下になされなければならないと言うことです。
最初に言ったみたいに本業から逃げる為から出発した多角化は、もともと充分な資金も人材や技術の裏づけもなく始めることですから、素人が何もなく事業を開始するのと何等変わりません。
裸で火の中に飛び込むようなものです。
新規事業の資金は本業のキャッシュフローをかすめてくる訳ですから当然本業に無理が来ます。
本業の人材を新規事業に当てても所詮素人、人材を失い本業はもっと疎かになります。
他所から経験者を連れてきても経営陣が素人なので仕事のチェックができません。
折角作った新会社は貴方任せの金食い虫になるのがオチなのです。
何かやってると気休めにはなりますが余計なことを考えて夢見る時間こそ無駄です。
さて、典型的な失敗の事例はまた次に書いてみたいと思います。
2009年06月15日
突き詰めると
先週、中国ネタが続いたのを反省しております。
天安門事件からあらぬ方向へ話がそれてしまいました。
さて、今はこのような口先だけの生業(本当はすこぶる真面目で実直な仕事をしています)をしていますが、学生時代はというと全く畑違いの文学部の国史学科というところにおりました。
幕末の近世史が研究テーマです。
一応研究室では毎日虫の食った古文書と睨めっこしながら、当時の農業生産データや農村の思想的背景などを調べていた訳で、末は博物館の学芸員か教師あたりにでもといい頃加減なことを考えていたものです。
まさか銀行に就職しどっぷり浸かった挙句、これまた適当に飛び出した果てにコンサルタントなどと称して糊口をしのぐような仕事をしようとは思いもしませんでした。
もっともまだ人生終焉を迎えたわけでもありませんのでこれでジ・エンドではありませんが、それにしても人の一生は解りません。
まあ人生、若いときから生真面目に重々しく決め打ちしないほうがいいのかも。
まあまあ、それはどうでもいいのですが、学生時代、いい加減に過ごしたとは言え門前の小僧程度には歴史をかじった次第で、その癖でしょうか、ひとつ気になった事象があれば突き詰めて行ってしまいます。
今回の天安門事件みたいに。
(結局は中国ネタが不評だった言い訳ですけどね)
突き詰め、それもかなりだらだらと。
突き詰めた先にもまた随分な奥行がありますので、そこからもうひとつ入り込むともう潜り込むばかりで地表が見えなくなってしまいます。
人間、いい加減であることも大事なのかな。
と言えば鳩山大臣、とうとう行くところまで行ってしまいましたね。
『やれやれ』感もありますが、麻生総理周辺や旧郵政民営化派や『どっちでもいいから選挙だけが大事なんでひとつ穏便に』派を観ていると、どうやら今回は鳩山氏に歩があるように思えてきます。
アルカイダ発言よりか真っ当。
土曜日朝のTVでの竹中平蔵氏の西川社長擁護は大変聞き苦しかったです。
筋が通ってないからでしょう。
小泉政権が目指したアメリカンスタンダードもあの投資銀行の実態やハゲタカファンド、その後のウォール街の姿などを見る限り、諸手を挙げて歓迎するほどのこともなかったなと僕自身反省しています。
天安門事件からあらぬ方向へ話がそれてしまいました。
さて、今はこのような口先だけの生業(本当はすこぶる真面目で実直な仕事をしています)をしていますが、学生時代はというと全く畑違いの文学部の国史学科というところにおりました。幕末の近世史が研究テーマです。
一応研究室では毎日虫の食った古文書と睨めっこしながら、当時の農業生産データや農村の思想的背景などを調べていた訳で、末は博物館の学芸員か教師あたりにでもといい頃加減なことを考えていたものです。
まさか銀行に就職しどっぷり浸かった挙句、これまた適当に飛び出した果てにコンサルタントなどと称して糊口をしのぐような仕事をしようとは思いもしませんでした。
もっともまだ人生終焉を迎えたわけでもありませんのでこれでジ・エンドではありませんが、それにしても人の一生は解りません。
まあ人生、若いときから生真面目に重々しく決め打ちしないほうがいいのかも。
まあまあ、それはどうでもいいのですが、学生時代、いい加減に過ごしたとは言え門前の小僧程度には歴史をかじった次第で、その癖でしょうか、ひとつ気になった事象があれば突き詰めて行ってしまいます。
今回の天安門事件みたいに。
(結局は中国ネタが不評だった言い訳ですけどね)
突き詰め、それもかなりだらだらと。
突き詰めた先にもまた随分な奥行がありますので、そこからもうひとつ入り込むともう潜り込むばかりで地表が見えなくなってしまいます。
人間、いい加減であることも大事なのかな。
と言えば鳩山大臣、とうとう行くところまで行ってしまいましたね。
『やれやれ』感もありますが、麻生総理周辺や旧郵政民営化派や『どっちでもいいから選挙だけが大事なんでひとつ穏便に』派を観ていると、どうやら今回は鳩山氏に歩があるように思えてきます。
アルカイダ発言よりか真っ当。
土曜日朝のTVでの竹中平蔵氏の西川社長擁護は大変聞き苦しかったです。
筋が通ってないからでしょう。
小泉政権が目指したアメリカンスタンダードもあの投資銀行の実態やハゲタカファンド、その後のウォール街の姿などを見る限り、諸手を挙げて歓迎するほどのこともなかったなと僕自身反省しています。
2009年06月12日
中国のこと-その4-最後です
僕が中国に行ったのは97年の6月でしたから、12年前のことです。
市場開放から18年経っていましたので流石に都市部では紺やグレーの国民服姿は少なくなっていましたが地味な洋装でした。
北京から天津に向かう際限なく真直ぐな道路は殆ど行き交う車はなく、僕らを乗せたバスは何処までも続く田園風景をただただ突っきって走ったのを今も印象深く思い出します。
夕闇の天津の街は殆ど明かりらしきものがなく、民家のオレンジの灯りと時たまある暗い街灯の灯りだけ。
ほの暗い街明かりの中を夕涼みに散策する大勢の人々の姿を、バスの中から食い入るように見つめました。
中国の生活者を直接見るのは何せ初めてのことだったからです。
北京から天津、桂林、そして上海、4都市を見ました。
上海を除けば街全体が砂埃に燻って赤茶けていたような印象があります。
妙に埃っぽかった。
流石に上海は高層ビル建築のラッシュで、行きかう人々のファッションも割りとスマートでしたが、一歩街裏の路地を歩くと壊れそうなバラックの家が結構残っていました。
当時そういうところを歩くのは実際怖かったですね。
中国自体がまだ身近ではなかった頃です。
あれから12年。
映像やネットで見る街の姿は人々のファッションも含めて格段に進歩したようです。
しかし、中国が抱えた市場主義経済と共産主義政党による一党独裁の内部矛盾は今でも変わっていません。
WTO加盟後は国際社会のルールを学ばねばならず、それまでの著作権侵害などに見られる行儀の悪い自分達だけのやり方というのは通じなくなりました。
また、国民を管理するにしても人権を無視したやり方は国際社会から強い批判を受けます。
加えての国内の大きな問題は、急速な経済発展がもたらした社会主義国家としてはあり得ない激しい経済上の格差です。都市と農村の格差でもあります。
一向に貧しさから開放されない農村の不満のマグマは膨大に溜まってきています。
中国のジレンマです。
市場経済は本来、富への欲望を掻き立てるものです。
機会の均等が保障されないと格差は埋まりません。
急激な国民生活の変化は民衆のコンセンサスを取る間もなく不満の渦を大きくしているように思えます。
今年になって中国は航空母艦の自主建造を始めました。
しゃにむに海軍を強化しようとしています。
覇権主義か。
裏を返せば自国が抱える内部矛盾のはけ口を海外に向けようとしているとも見えます。
昭和初期の日本の軍部のように。
それから溢れる外貨をちらつかせながらの半ば強引とも思えるアフリカ諸国への資源外交。
海外から積極的に吸収してきた工場生産技術もある程度国内蓄積を済ませ、後は自力でOKみたいな態度の変化。
しかし何だかんだ行っても日中関係はもう経済的には切っても切れないところまできています。
互いに批判ばかりしてても仕方ない。
次のステージをどう築くかが重要です。
市場開放から18年経っていましたので流石に都市部では紺やグレーの国民服姿は少なくなっていましたが地味な洋装でした。
北京から天津に向かう際限なく真直ぐな道路は殆ど行き交う車はなく、僕らを乗せたバスは何処までも続く田園風景をただただ突っきって走ったのを今も印象深く思い出します。
夕闇の天津の街は殆ど明かりらしきものがなく、民家のオレンジの灯りと時たまある暗い街灯の灯りだけ。
ほの暗い街明かりの中を夕涼みに散策する大勢の人々の姿を、バスの中から食い入るように見つめました。
中国の生活者を直接見るのは何せ初めてのことだったからです。
北京から天津、桂林、そして上海、4都市を見ました。
上海を除けば街全体が砂埃に燻って赤茶けていたような印象があります。
妙に埃っぽかった。
流石に上海は高層ビル建築のラッシュで、行きかう人々のファッションも割りとスマートでしたが、一歩街裏の路地を歩くと壊れそうなバラックの家が結構残っていました。
当時そういうところを歩くのは実際怖かったですね。
中国自体がまだ身近ではなかった頃です。
あれから12年。
映像やネットで見る街の姿は人々のファッションも含めて格段に進歩したようです。
しかし、中国が抱えた市場主義経済と共産主義政党による一党独裁の内部矛盾は今でも変わっていません。
WTO加盟後は国際社会のルールを学ばねばならず、それまでの著作権侵害などに見られる行儀の悪い自分達だけのやり方というのは通じなくなりました。
また、国民を管理するにしても人権を無視したやり方は国際社会から強い批判を受けます。
加えての国内の大きな問題は、急速な経済発展がもたらした社会主義国家としてはあり得ない激しい経済上の格差です。都市と農村の格差でもあります。
一向に貧しさから開放されない農村の不満のマグマは膨大に溜まってきています。
中国のジレンマです。
市場経済は本来、富への欲望を掻き立てるものです。
機会の均等が保障されないと格差は埋まりません。
急激な国民生活の変化は民衆のコンセンサスを取る間もなく不満の渦を大きくしているように思えます。
今年になって中国は航空母艦の自主建造を始めました。
しゃにむに海軍を強化しようとしています。
覇権主義か。
裏を返せば自国が抱える内部矛盾のはけ口を海外に向けようとしているとも見えます。
昭和初期の日本の軍部のように。
それから溢れる外貨をちらつかせながらの半ば強引とも思えるアフリカ諸国への資源外交。
海外から積極的に吸収してきた工場生産技術もある程度国内蓄積を済ませ、後は自力でOKみたいな態度の変化。
しかし何だかんだ行っても日中関係はもう経済的には切っても切れないところまできています。
互いに批判ばかりしてても仕方ない。
次のステージをどう築くかが重要です。
2009年06月11日
中国のこと-その3- 再び学生運動
日本の学生運動は69年の東大安田講堂の攻防から敗走し、多くは離れていきました。ただ、革命を叫ぶ過激なセクトはその教条主義ゆえに世相から遊離し、地下にもぐるか、暴力を伴った実力行使に打って出た結果、浅間山荘事件に至っています。
残るものは背走し最後は全日空機で北朝鮮へ飛んで行った訳ですが、彼ら日本赤軍には彼らが理想とした北朝鮮や中国で何が行われたのか、共産主義革命とは一体どんなものなのかについての情報も、想像力も何もなかったのでしょう。
当時かれらが感じた社会の矛盾や抑圧とはどんなものだったか。
確かに経済優先の国の施策は様々な公害問題や農村の崩壊として社会に影を落としましたが学生達自身もまた高度経済成長の申し子として消費社会に組み込まれていました。
彼らは子供の駄々同様に己のやりたいことを主張し刃物を振り回したに過ぎません。
そうやって行き着いたところにあったセクト間の抗争(内ゲバと呼ばれてました)のほうがむしろ陰惨で、彼らは本来は同じ社会を目指すはずの仲間である多くの命を奪い合いました。
おそらくそれらは彼らが小さい頃にテレビで見たヒーロー「忍者部隊月光」の無邪気な世界だったのでしょう。
それだけにまだ救われます。
中国に起きた戦後初めての民主化運動は日本の学生運動とは全く違うものです。
彼らの前に立ちはだかる国家は日本の警察権力などとは比べ物にならないくらい屈強で頑迷で明確な意志をもった存在でしたから。
共産主義とは本来、個々が私有の財産を所有せず平等に経済活動を行い平等に政治に参加できる、格差や階級のない民主主義の究極にある社会の実現を願うものであった筈ですが、結局は国家の意志を決定する官僚や党の指導者が新たな支配階級となり、為政者はその支配体制を維持する為に反逆者や反対思想を持つものを徹底的に排除するようになります。
そうやって警察権力が強大になり、民衆の自由な言論までもが封殺されてしまう、凡そ理想とかけ離れた社会が出来上がってしまった訳です。
戦車に立ち向かう学生の悲壮感はいかがなものだったでしょう。
彼らが求めた民主主義は彼らが対峙した政治体制を考慮すればすごく共感できるものです。
それは民衆の良心とでも言うべきもののように思えました。
さて、中国が抱えた市場主義経済と共産主義政党による一党独裁の内部矛盾は今でも変わっていません。
加えて、WTO加盟後は国際社会のルールを学ばねばならず、行儀の悪い自分達だけのやり方というのが通じなくなりました。
国民を管理するにしても人権を無視したやり方は国際社会から強い批判を受けます。
加えての内部矛盾は、急速な経済発展がもたらした社会主義国家としてはあり得ない激しい格差社会です。
一向に貧しさから開放されない農村には不満のマグマが溜まってきています。
中国のジレンマです。
市場経済は本来、富への欲望を掻き立てるものです。
これらの急激な変化は民衆のコンセンサスを取る間もなく不満の渦を大きくしているように思えます。
硬めの話はもう少し続きます。
2009年06月10日
中国のこと その2 -学生運動-
何故今更ながら中国の天安門事件に思いを寄せるのか。先ず、日本にとって中国は既に避けて通ることの出来ない存在になっているという事実。
その分水嶺はちょうど天安門事件の頃ではなかったかと思います。
改革解放後10年、両国はその政治体制の違いや過去の戦争の傷を引きずったままのお見合い状態が続きましたが、それでも少しずつ民間ベースでは雪解けムードが垣間見えていました。
灰色の国民服が少しづつカラフルな洋装に置き換わっていた頃でもあります。
日本で言えば戦後が終わりかけた昭和30年頃。
しかし突如天安門に終結した学生達に立ちはだかったのは軍の戦車と間断ない銃声の響きでした。
暗転、溶けかかった雪が一挙に凍りつくような事態です。
やっぱり中国共産党は信用できねえなあ。
あぶねえ、あぶねえ。
すっかり騙されるところだった。
中国共産党はこのとき海外メディアや欧米諸国政府の批判を受け、内政干渉であると頑なな姿勢を見せましたが、その批判の大きさはその後の対応に大きな影響を与えたようです。
さて日本では。
日本では69年、70年日米安全保障条約改定をきっかけに全国的な学生運動が起こりました。
日本の場合、個人の人権は元々保証された国ですので中国とは事情も違っていますが、このとき問題視されたのは大学そのものの自治と民主化への運動でした。
背景にあったものは高度経済成長を突き進む戦後体制(いわゆる政官財の鉄のトライアングル)への抵抗感であったと思います。
このとき運動の主体となったのが僕の上の世代、『団塊の世代』です。
今となってみると、イデオロギーや社会信条に係わらず、学生運動がこの世代のやり場のない鬱積したエネルギーの爆発だったことがよく理解できます。
彼らの世代は生まれ出でてからずっと一人の人間としてではなくひとつの固まりとして扱われ、闇雲に競争に曝され、社会に押し出されれば会社や組織の歯車として否応無しの運命が待っている、それが団塊の世代。
彼らは個を主張することを渇望しながら集団を意識しないと生きていけない世代だと僕には映りました。
反戦歌を歌い、瓦礫や火炎瓶を投げ、シュプレヒコールに酔いしれ、ここでガス抜きした彼らは社会に出るや否や突如、企業戦士、モーレツサラリーマンとしての人生を突き進みます。
安田講堂事件と天安門事件は全く様相の違うものですが、経済が急速に拡大し世の中のスピードが格段に上がっていく戸惑いの中に、或る似たようなエネルギーを感じます。
政治ネタ、社会ネタは禁句と分かっているのですがねえ。
止むに止まれぬ思いあり。
2009年06月09日
中国のこと その1-天安門事件-
6月4日は中国天安門事件からちょうど20年。今日は少し硬い話かもしれませんが、当事、僕にとっては衝撃的な事件でした。
さて日本が高度経済成長を謳歌していた60年代、70年代、僕の青春の萌芽期のことです。
中国には文化大革命の嵐が吹き荒れていました。
いまではもう文化大革命をご存じない方も多いかも知れません。
政策的(大躍進運動)に失敗した毛沢東が政治生命を回復しようとして仕組んだものでその本質は中国共産党内部の権力闘争との見方が今では一般的になりましたが、中国に10年間に及ぶ停滞と文化的荒廃をもたらした政治運動のことです。
現在の中国経済の発展は76年の毛沢東の死によってその後ろ盾をなくした文化大革命の首謀者4人組が失脚し、文化大革命が終焉した後に始まりました。
それは77年に実権を握った鄧小平が始めた改革解放政策によりもたらされたものです。
スタートは78年のことです。
改革開放政策とは、政治的には共産党の一党支配を堅持したまま、経済的を自由な市場経済原理に委ねていくというものです。
「英知をはかり豊かになれるものからなっていけ。」
と鄧小平は言いました。
73年の田中角栄訪中、日中平和友好条約締結時までの中国の姿はといえば当事、隣の国でありながら厚いベールに包まれていて中が見えないままでした。
中国と言って思い浮かぶのは、国中がカーキー色の国民服に身を包み、中国共産党の赤旗以外にはおよそ色彩と言うもののないくすんだ街角の映像と毛沢東の顔でした。
今の北朝鮮に似た印象です。
僕らの青年時代、そういった映像以外には見たことがなく、中国(国交回復までの日本では中国とは現在の台湾のことでした。中国共産党政府は公式に認められていなかったためマスコミは中共と呼んでいました。)は得体の知れない国家というイメージが今も強く脳裏に焼きついています。
現実に文化大革命では文化人、毛沢東に批判的な政治家・共産党員、一般市民が数千万人の規模で粛清されたようです。
78年、鄧小平は計画経済がもたらした教条主義により疲弊した国家経済を脱しようと改革開放政策に舵をきりかえました。
「黒い猫でも、白い猫でも、鼠を捕るのが良い猫だ」と彼は講話し、守旧派を駆逐していきました。
はじめはゆっくりながら外資と技術を取り込み経済の基盤が形作られます。
一方で改革開放がもたらした市場経済原理は海外先進国の経済のみならず政治・文化をも招き入れる結果となります。
これらに触発され、知識人、主に学生たちの間には民主化を求める声が次第に強まり、大きな波となり、ついには89年6月の天安門のデモとなっていく訳です。
改革開放宣言からちょうど10年のことでした。
しかしここで鄧小平は民主化を進めようとした胡耀邦国家主席を失脚させ民主化にストップをかけます。
彼の開放政策とは国家あってのものでしかなかったからです。
6月4日、天安門に終結した学生たちを銃と戦車をもって弾圧。
これが天安門事件です。
2009年06月04日
エコカー、エコポイント、ううん
エコカー減税って知ってます?これだけコマーシャルやってるから知ってますよね。
では対象車種はどんなのがあると思います?
当然ハイブリッドカーの「プリウス」「インサイト」は対象車種なのですが。
僕は、以前から低燃費を謳っていたたホンダの「フィット」やトヨタの「ヴィッツ」などを思ってました。
ところがなんと3600CCの「アルファード」や「エルシオン」も減税対象のエコカーなんです。燃費は9.1km/ℓですが。
それから同じく燃費9.1km/ℓの「レクサス」もエコカー。
あろうことか、のからくりは。
燃費基準値が7.8kmの「アルファード」はリッター9.1kmなので15%基準値をクリアしたエコカーなのだそうです。
その差は1.3km。
誰がどう計測したか、どうでもいい誤差の範囲のような気もします。
リッター9.1kmが減税対象に成る程地球環境に優しいかってことです、要は。
それでいてカローラフィルダーの一部車種などは対象でないものがあります。
リッター18km走りますが基準が16kmなので改善率が15%に届かないと言うことだそうです。
なんだ、エコでもなんでもないじゃんこれって、と思いません?
リッター9.1kmのアルファードに乗ってるとエコドライブ?
満遍なく車種が売れますようにって自動車メーカーに頼まれて官僚がせっせと作りました、みたいな。
本当のエコカーばっかりだったら売れても販売差益が小さいんで、ってことじゃん。
そっかそっか。
グリーン税制ってどこがグリーン?
高速代1,000円ぽっきりにしたらみんな車に乗ってガソリン燃やしまくるよね。
渋滞にひっかかりゃあリッター3~4だ。
僕の友達はバーガーを食べに佐世保まで車で行ったけど、その日一度も車から降りれなかったそうです。
もともと日本のメーカーの環境技術には脱帽で、評価しているし、消費を喚起するにはまあ、ありなのかもしれないけどあんまり政府でエコエコって言わないほうがいいな。
それに家電にしても、中国でバンバン石炭燃やして作ってるものもあるってことを知っといたほうがいいし。
大成経営コンサルティンググループ
(株)船井財産コンサルタンツ
相続・申告のご相談は九州相続相談センター
お問合せ:fzc-m@taiseikeiei.co.jp
2009年06月03日
円高、株高、投資家心理
米FOMCは昨年12月政策金利を0.5%に決定しましたが、今日までずっと張り付いたままです。
さもバブル崩壊以降の日本の公定歩合のように。
日米間に金利差がなくなったことも95円レベルの為替状況のひとつの要因のようです。
円高はつい最近まで輸出企業の収益圧迫を懸念した日経平均株価の下げ要因でしたが、この頃は円高、株高が併行することもしばしばで株価も一層読みにくくなっているようです。
何はともあれ日経平均は6日続けての続伸。
海外投資家の買いが入ってきているとは言え、なかなか後追い買いはできにくいです。
このまますんなり右肩上がりが続くとはとても思えません。
今にもドカーンと行くんじゃないかと投資家心理は複雑です。
さて足元の中小企業は辛い。
本当に厳しいですね。
今日のお昼はお客様でしたので近くの釜飯屋さんに、それこそ1年ぶりに行きました。
12時20分。
車が1台止まっているだけです。
客は僕らを含めて2組でした。
『余り長くないな』と思った次第です。
いやあ、ついこの前までは結構賑わっていた店なんですけどね。
夕方のこと、さる都市銀行MS銀行の次長さんに電話をしました。
以前は再生事案でしょっちゅうバトルしていた方ですがこの2年ほどは遠退いています。
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
と言いますと、
「いやあ、本当ですね、社長から電話あると厳しいお話ばかりなんで構えてしまいますよ。」
ジャブを返されました。
要件はこの頃のビジネスローンの状況のヒヤリングが目的でしたが、その本題になると、
「いやあ、ぼろぼろですわ。」
かの銀行さんはこの5,6年ほど機械による自動審査のビジネスローンでばんばん業績を伸ばされていましたが、最近はすっかり蛇口を締められたようです。
こちらサイドでは、
「ええっ!こんなとこにも?こんなに貸すなんてえ。」
と内輪話をよくしたものです。
助かることもありましたが、やっぱり機械審査なんてやっちゃ駄目ですね。
しっかり企業と人を見なくては。
それに機械が読む決算書はもう済んだ過去のデータでしかありません。
企業は生き物。
さもバブル崩壊以降の日本の公定歩合のように。
日米間に金利差がなくなったことも95円レベルの為替状況のひとつの要因のようです。
円高はつい最近まで輸出企業の収益圧迫を懸念した日経平均株価の下げ要因でしたが、この頃は円高、株高が併行することもしばしばで株価も一層読みにくくなっているようです。
何はともあれ日経平均は6日続けての続伸。
海外投資家の買いが入ってきているとは言え、なかなか後追い買いはできにくいです。
このまますんなり右肩上がりが続くとはとても思えません。
今にもドカーンと行くんじゃないかと投資家心理は複雑です。
さて足元の中小企業は辛い。
本当に厳しいですね。
今日のお昼はお客様でしたので近くの釜飯屋さんに、それこそ1年ぶりに行きました。
12時20分。
車が1台止まっているだけです。
客は僕らを含めて2組でした。
『余り長くないな』と思った次第です。
いやあ、ついこの前までは結構賑わっていた店なんですけどね。
夕方のこと、さる都市銀行MS銀行の次長さんに電話をしました。
以前は再生事案でしょっちゅうバトルしていた方ですがこの2年ほどは遠退いています。
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
と言いますと、
「いやあ、本当ですね、社長から電話あると厳しいお話ばかりなんで構えてしまいますよ。」
ジャブを返されました。
要件はこの頃のビジネスローンの状況のヒヤリングが目的でしたが、その本題になると、
「いやあ、ぼろぼろですわ。」
かの銀行さんはこの5,6年ほど機械による自動審査のビジネスローンでばんばん業績を伸ばされていましたが、最近はすっかり蛇口を締められたようです。
こちらサイドでは、
「ええっ!こんなとこにも?こんなに貸すなんてえ。」
と内輪話をよくしたものです。
助かることもありましたが、やっぱり機械審査なんてやっちゃ駄目ですね。
しっかり企業と人を見なくては。
それに機械が読む決算書はもう済んだ過去のデータでしかありません。
企業は生き物。
2009年06月02日
GMの想い出
GM、とうとう破綻しましたね。市場はとうに織り込み済みのようで、昨日のニューヨーク市場は221ドル上げて終わりました。
予想されていたことがはっきり決まった安堵感からかもしれませんが。
為替もややドル高に振れています。
東証も日経平均で今年最高をつけました。
しかし、深刻な失業率が更に消費を縮ませるのだとしたら喜ぶべきことでもありません。
当然、GMの取引先の2次破綻も気になります。
「あのGMが」とNHKはGMの過去の栄華の映像を盛んに流していました。
ブルース・スプリングスティーンの歌う「ピンクキャデラック」の音楽とともに。
僕らの年代の思いそのままですね。
ヴュイック、キャデラック、シボレーなど米国ホームドラマでほんとに馴染み深い。
特にシボレーコルベットスティングレイなんか憧れの車でプラモの人気ナンバーワン。
新聞にも載ってましたが、1998年のこと、経済学者のピーターFドラッカーは10年後にはGMはもう存在しないだろうと公言していました。
今後の消費の流れを彼は適格に捉えていた訳です。
まさに慧眼ですね、GMが大型SUVで絶好調のときに。
それにしても、米国はこれから何処へ向かうのでしょう。
GMもAIGも国有化、シティグループにも資本450億ドルつぎ込み、最も自由主義の国が社会主義の様相を呈しています。
一時措置とはいえ市民には相当な抵抗があるようです。
今後国家経済再生のためと米国が第2次世界大戦前のような保護主義に走らぬことを願っています。
